日本遺産について

 

「日本遺産(Japan Heritage)」は(地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として文化庁が認定するものです。
ストーリーを語る上で欠かせない魅力溢れる有形や無形の様々な文化財群を、地域が主体となって総合的に整備・活用し、国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことにより、地域の活性化を図ることを目的としています。

日本遺産に関する詳しい情報:文化庁HP

東北からは、これまでに5つのストーリーが日本遺産に認定されています。


1.政宗が育んだ”伊達な”文化

認定日 申請者
平成28年4月25日  宮城県  宮城県(仙台市、塩竈市、多賀城市、松島町)
仙台藩を築いた伊達政宗は、戦国大名として政治・軍事面での活躍は広く知られるところであるが、時代を代表する文化人でもあり、文化的にも上方に負け ない気概で、自らの“都”仙台を創りあげようとした。 政宗は、その気概をもって、古代以来東北の地に根付いてきた文化の再興・再生を目指す中で、伊達家で育まれた伝統的な文化を土台に、上方の桃山文化の 影響を受けた豪華絢爛、政宗の個性ともいうべき意表を突く粋な斬新さ、さら には海外の文化に触発された国際性、といった時代の息吹を汲み取りながら、 これまでにない新しい“伊達”な文化を仙台の地に華開かせていった。 そして、その文化は政宗だけに留まらず、時代を重ねるにつれ、後の藩主に、さ らには仙台から全国へ、そして武士から庶民にまで、さまざまな方面へ広が り、定着し、熟成を加えていった。http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/pdf/nihon_isan19.pdf

(大崎八幡宮)

 

 

2.自然と信仰が息づく『生まれかわりの旅』
~樹齢300年を超える杉並木につつまれた2,446段の石段から始まる出羽三山 ~

認定日 申請者
平成28年4月25日  山形県 山形県(鶴岡市、西川町、庄内町)
山形県の中央に位置する出羽三山の雄大な自然を背景に生まれた羽黒修験道 では、羽黒山は人々の現世利益を叶える現在の山、月山はその高く秀麗な姿か ら祖霊が鎮まる過去の山、湯殿山はお湯の湧き出る赤色の巨岩が新しい生命 の誕生を表す未来の山と言われます。 三山を巡ることは、江戸時代に庶民の間で『生まれかわりの旅』として広がり、 地域の人々に支えられながら、日本古来の、山の自然と信仰の結び付きを今に 伝えています。羽黒山の杉並木につつまれた石段から始まるこの旅は、訪れる 者に自然の霊気と自然への畏怖を感じさせ、心身を潤し明日への新たな活力 を与えます。http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/pdf/nihon_isan20.pdf

(羽黒山の峰入り)

 

 

3.会津の三十三観音めぐり~巡礼を通して観た往時の会津の文化~

認定日 申請者
平成28年4月25日  福島県 会津17市町村(◎会津若 松市・喜多方市・南会津町・下郷町・檜枝岐村・ 只見町・北塩原村・西会津町・磐梯町・猪苗代町・会津坂下町・湯川村・柳津町・会津美里町・三島町・金山町・昭和村)
東北地方で最も早く仏教文化が花開いた会津は、今も平安初期から中世、近世 の仏像や寺院が多く残り「仏都会津」とよばれる。その中でも三十三観音巡り は、古来のおおらかな信仰の姿を今に残し、広く会津の人々に親しまれている。 会津藩祖、名君保科正之が定めた会津三十三観音巡りは広く領民に受け入れ られ、のちに会津各地に様々な三十三観音がつくられた。会津の三十三観音 は、国宝を蔵する寺院から山中に佇むひなびた石仏までいたるところにその 姿をとどめており、これら三十三観音を巡った道を、道中の宿場や門前町で一 服しながらたどることで、往時の会津の人々のおおらかな信仰と娯楽を追体 験することができるのである。http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/pdf/nihon_isan21.pdf

(慧日寺跡)

 

 

4.未来を拓いた「一本の水路」-大久保利通“最期の夢”と開拓者の軌跡 郡山・猪苗代-

認定日 申請者
平成28年4月25日  福島県 郡山市 猪苗代町
明治維新後、武士の救済と、新産業による近代化を進めるため、安積地方の開 拓に並々ならぬ想いを抱いていた大久保利通。夢半ばで倒れた彼の想いは、郡 山から西の天空にある猪苗代湖より水を引く「安積開拓・安積疏水開さく事 業」で実現した。 奥羽山脈を突き抜ける「一本の水路」は、外国の最新技術の導入、そして、この 地域と全国から人、モノ、技を結集し、苦難を乗り越え完成した。この事業は、 猪苗代湖の水を治め、米や鯉など食文化を一層豊かにし、さらには水力発電に よる紡績等の新たな産業の発展をもたらした。 未来を拓いた「一本の水路」は、多様性と調和し共生する風土と、開拓者の未来 を想う心、その想いが込められた桜とともに、今なおこの地に受け継がれている。http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/pdf/nihon_isan22.pdf

(猪苗代湖)

 

 

5.「なんだ,コレは!」 信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化

認定日 申請者
平成28年4月25日  新潟県 三条市・新潟市・長岡市・十日町市・津南町
日本一の大河・信濃川の流域は、8000年前に気候が変わり、世界有数の雪国と なった。この雪国から5000年前に誕生した「火焔型土器」は大仰な4つの突起 があり、縄文土器を代表するものである。火焔型土器の芸術性を発見した岡本 太郎は、この土器を見て「なんだ、コレは!」と叫んだという。火焔型土器を 作った人々のムラは信濃川流域を中心としてあり、その規模と密集度は日本 有数である。このムラの跡に佇めば、5000年前と変わらぬ独特の景観を追体験 できる。また、山・川・海の幸とその加工・保存の技術、アンギン、火焔型土器の 技を継承するようなモノづくりなど、信濃川流域には縄文時代に起源をもつ 文化が息づいている。火焔型土器は日本文化の源流であり、浮世絵、歌舞伎と 並ぶ日本文化そのものなのである。http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/pdf/nihon_isan26.pdf

(笹山遺跡出土品:国宝)