津軽富士・岩木山に湧き出る白濁湯とマタギ料理で身も心もぽかぽかぬぐだまる

標高1625mの岩木山。別名・津軽富士と呼ばれる秀峰の山腹に、良質の温泉が湧き出したのはおよそ340年前のこと。以来、山の南麓にある温泉郷は、弘前の奥座敷として多くの湯治客に親しまれてきた。
嶽温泉きっての老舗湯宿にて過ごした冬の一日。そこには白濁の湯と
珍しい山の幸、心ぬくもる"じゃいごくさい"もてなしがあった。

文◎岩谷雪美 撮影◎佐藤佳穂

津軽言葉もあったかい
岩木山麓の歴史ある温泉宿

 春には華やかな桜色に染まる並木道が、白一色の静寂の世界に包まれていた。雪をかぶったオオヤマザクラの木々が幾重にも枝を広げ、冬の柔らかな陽射しの中に輝いている。その冬桜の回廊に導かれるように、嶽(だけ)温泉方面へと続いていく山麓の一本道。津軽富士こと岩木山の南麓に延びる県道3号線は東北随一の桜並木があることで知られ、弘前から嶽温泉までの約20㎞にわたって6500本もの桜が植樹されている。
 道は緩やかに標高を上げていき、岩木山神社のある付近と嶽温泉との標高差はおよそ200m。桜が長く楽しめる一方、冬は先へ進むほどに雪が深くなっていく。

秀峰・岩木山の南麓に、1674年(延宝2)に開湯した嶽温泉。津軽藩の隠し湯だったという歴史とともに、古くから湯治場として親しまれてきた。一説にはかの水戸光み つくに圀公が、耳が遠くなった家臣に対して「嶽の湯で湯治せよ」と命じたとも。それだけ良質の温泉だということを物語るエピソードだろう。
 岩木山麓には十数種の源泉があり、岩木山神社近くの百沢温泉郷などを含めて温泉宿も数多く点在している。そんななかで今回、旅の荷を解いたのは、嶽温泉の開湯当時と創業年をほぼ同じくするという老舗宿「山のホテル」。先代までは岩木旅館の名で長年営業していたが、現・七代目主人の赤石勝美さんが建物を改築したのを期に名前を改めたのだという。

 玄関を入って冷えた心身をまずほぐしてくれるのは、南部曲がり家をイメージした民芸調の空間とフロントスタッフの笑顔。
「とおげどっからよく来たねし」
"遠いところからよくおいでくださいました"という意味だそうだが、客を迎えるさりげない津軽言葉にもホッと心が和む。
「宿のテーマは津軽弁で"じゃいごくさい"。意味は"田舎くさい"ということ(笑)。山のホテルという名にしたのもそんな意味合いもありますね」。田舎に帰ってきたようにゆっくり過ごしてほしいから、と主人の赤石さんは話す。

本内容は、男の隠れ家2015年2月号(2014年12月27日発行)から掲載内容の一部を
再編集した、東北観光推進機構と男の隠れ家によるコラボレーション企画です