元禄時代からの歴史を持つ白濁の湯が自慢の古き湯宿

古くから効能で知られてきた湯だという。
江戸時代には佐竹の殿様も、険しい山路をたどって湯治に訪れた。
往時の記憶を今に伝える茅葺きの建物は、冬、すっぽりと雪の中だ。
絶大な人気を誇る山のにごり湯の、時を超えた風情に遊ぶ。

文◎秋川ゆか 撮影◎渡部健五

古風な「本陣」の風情に親しみ
湯小屋や混浴露天風呂を巡る

 県道127号線を曲がり、雪の林に囲まれた山道へと車を走らせる。「鶴の湯」へのバス停を入ると舗装された道は山道へと変わり、しばく雪の林を進むことになる。たどり着いた駐車場には、関東など他県ナンバーの車がずらりと停まっている。さすが人気宿だと実感する。
 駐車場の横には茅葺き屋根の電話ボックス。小川にかかる水車。冠木門(かぶきもん)の向こうには、黒々とした木造の古風な建物が奥へと延びる。茅葺き屋根はすっぽりと雪をかぶり、軒先には長いつららが並んでいる。大正や昭和初期あたりにタイムスリップしたか、時代に取り残された小さな集落がふいに立ち現れたか……。雪道を旅行鞄を提げた夫婦連れや、丹前姿に赤い長靴を履いた女性客たちがサクサクと踏み歩く。冷え込む外気の中、皆、なんとなくうきうきしているのがわかる。
 眺めに触れて、ふいに腑に落ちる。ここには見たくてもなかなか出会えない、懐かしい日本がある。昔の生活の不便さや荒々しさは丁寧に取り除き、美しく、温もりに満ちた日本の原風景ともいえるものを大切に現代に伝え残しているのだ。

 鶴の湯は乳頭温泉郷最古の湯である。江戸時代には「田沢の湯」と呼ばれ、秋田藩二代目藩主の佐竹善隆が湯治に来た記録もある。当時、警護の武士らが詰めた建物をもとに明治時代に改築したのが、茅葺き屋根の宿泊棟「本陣」だ。ここは4年前、国の有形文化財に指定されている。
 一般客に向けた湯宿の経営が始まったのは元禄の頃である。農閑期には多くの湯治客が集まった。やがてマタギの勘助なる人物が、鶴が傷を癒すのを見たことから、「鶴の湯」の名に変わったのだという。
 今、敷地にはいくつもの建物が連なる。入り口から通りの左右に本陣と2階建ての2・3号館、奥に進めば1号館や新本陣、東本陣がある。
 目当ての風呂は湯の沢のせせらぎに架かる小さな橋を渡って行く。混浴露天風呂を中心に、そこには3棟の湯小屋が建っている。
 源泉は5つ。白湯、黒湯、中の湯、滝の湯、そして白湯を引いた混浴露天風呂の足元から湧く鶴の湯だ。湯温の高い滝の湯は、春から秋は打たせ湯に使っているが、冬場は混浴露天の湯温調整に回す。また黒湯の女性用露天風呂も、冬は熱い白湯を加える。と、少々複雑なのだが、要は3つの湯小屋では源泉そのもの、露天風呂ではミックスされた湯を楽しめるということなのだ。

 まずは白湯の湯小屋に入ってみる。「冷えの湯って言われててねぇ、熱取るから夏は最後、冬は最初に入るといんだ」と、ランプを据えに来た女性が教えてくれた。小さな四角い湯船に、白くにごった湯が満ちる。板張りの床や湯船の縁には、析出物で覆われている所も。香は少ないが、わずかに酸味と苦みがある。成分の多さを肌にじんわりと感じる。
 浴衣を着て、次は黒湯へ。茹で卵に似た軽い硫黄の香り。こちらは別名を「ぬくたまりの湯」といい、体をよく温める。黒湯といっても湯は白濁。若干灰色がかっているようでもある。子宝の湯ともいわれるそうで、外の女性専用露天風呂には金精様(こんせいさま)が祀られていた。
 一気に制覇しよう。続いて中の湯の湯小屋に向かう。別名「眼っこの湯」。重曹や塩分を含み、眼病に効くそうだ。上等な吸い物のような、わずかな塩味がする。穏やかで、いつまでも入っていられる優しい湯だ。
 混浴露天風呂には中の湯を通り入る。青みがかった乳白色の湯はぬるめ。雪が降るなか、皆、じっと静かに首まで浸かっている。玉石を敷き詰めた風呂の底からは、時々温かい湯が湧いて出る。すでにたそがれ時、粉雪が舞う湯の表を湯気が包み、人の姿はかすんで、もはや男女の区別もつかない。スタッフが提げたランプの灯りが強さを増していくように見える。そろそろ夕食の時間だ。

本内容は、男の隠れ家2015年2月号(2014年12月27日発行)から掲載内容の一部を
再編集した、東北観光推進機構と男の隠れ家によるコラボレーション企画です