鉄分豊富な茶色い湯の花が湯治客の体をじっくりと癒す

鎌先温泉は宮城県白石市の郊外。伊達政宗も入ったという隠れ湯だ。
「奥州の薬湯」「切り傷の鎌先」「脚気(かっけ)の鎌先」異名はいくつも轟いている。
古き良き時代の湯治場の面影を残す、山間の温泉。
木造の風情ある旅館に泊まって、薬効あらたかな名湯に入った。

文◎阿部文枝 撮影◎遠藤純

江戸時代から賑わった湯治宿らしい佇まい

 日暮れには間に合わなかった。鎌先温泉に到着した頃、あたりはもうすっかり昏(くら)くなっていた。しかし、この宿を訪れるのに最も相応しい時刻だったのかもしれない。
 夕闇の中に「最上屋(もがみや)旅館」の全景がぼんやりと浮かび上がっている。純和風の建物の1階と2階には障子が張り巡らされ、部屋の灯りが白い障子越しに外に漏れている。木製の回り廊下の名残り。玄関に掲げられた「日本秘湯を守る会」の提灯。灯籠と蹲つくばい踞。陰影に富んだ佇まいは日本建築の美しさを現代に伝えていた。最上屋旅館の創業は定かではないが、少なくとも1789年(寛政元)にはこの地にあった。優に200年以上の歴史ある老舗である。

 鎌先温泉は南蔵王の山麓にある山間の秘湯だ。1428年(正長元)の開湯。地元の農夫が水を求めて沢に下り、持っている鎌で草むらを刈ったところ、白煙立ち上る温泉が湧いていたという伝説から、その名がある。伊達政宗の重臣・片倉小十郎景綱の居城・白石城の郊外にあり、正宗も小十郎も訪れたことがある。
 旅館が5軒。こぢんまりとした温泉街だが、ほとんどが江戸時代の創業という歴史のある旅館ばかりである。古くは「奥州の薬湯」と呼ばれて湯治客が多かった。
 現在は湯治客も少なくなり、この最上屋旅館だけが湯治客を受け入れている。中央の本館を挟んで、右が新館、左が別館。道に沿って新旧の建物が並ぶ。江戸時代の骨組みを残す本館の景観も素晴らしいが、自炊棟となっている別館は、白壁と回り廊下の風情が湯治客で賑わった往時の面影を伝えている。

湯神様に守られた
効能豊かな茶褐色の湯

 まずはひとっ風呂と、タオルを片手に別館の大浴場に向かった。2階の渡り廊下を通って別館に入ると、時代をさかのぼってタイムスリップしたような雰囲気になった。別館には自炊湯治客のための調理室や自炊部屋、大浴場の前にずらりと洗面所が並んで、古き良き時代の湯治場の雰囲気が色濃く残っている。
 この洗面所が湯治客でいっぱいだった頃に来てみたかった。さぞや賑やかで楽しい空間だったろう。最近では若い世代の自炊客も少しずつ増えているという。自炊棟の伝統の灯は消さないでもらいたいものだ。

本内容は、男の隠れ家2015年2月号(2014年12月27日発行)から掲載内容の一部を
再編集した、東北観光推進機構と男の隠れ家によるコラボレーション企画です